亘理町内の文化財を巡ってみませんか。

今回は、逢隈編をご紹介します。

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1 スタートは逢隈支所から

逢隈支所前に車を止めて、さあ出発です。まずは、山側を目指して歩きます。天気の良い日は、帽子や飲み物を忘れずに持参しましょう。

2 田沢磨崖仏(たざわまがいぶつ)

 阿武隈川に突き出たがけの岩肌に彫刻された磨崖仏は、岩地蔵とも呼ばれ親しまれています。この場所は、昔の要路であった東海道の渡し場「稲葉(いなば)の渡し」で、左甚五郎が船を待つ間に彫り上げたという伝説が残されています。

3 安福河伯神社(あふくかはくじんじゃ)

河伯とは川の神という意味で、古来から阿武隈川の守り神であることを示しています。また、阿武隈川の川名の由来ともなっている由緒ある神社です。この神社は、景行41年(111)に天皇の命で建てられと伝えられ、亘理町内では最も古い神社の一つです。平成10年、現本殿が江戸安政年代の建築であり、ほぼ原型を留めていることから町文化財に指定されました。

4 矢抜き石

「後三年の役(ごさんねんのえき)」(1083-87)で、鎌倉権五郎が戦いで鳥海弥三郎に眼を射られて、この地で矢を抜くときに岩に手をついて力を振り絞ったため石が窪んでしまったという伝説があります。この石は耕地整備で現在の場所に移されたということです。

5 三十三間堂官衙遺跡(さんじゅうさんげんどうかんがいせき)

平安時代の陸奥国亘理郡衙(郡役所)の跡。保存状態がよく当時の地方行政官や政治機構を知るのにも貴重な遺跡で、平成4年には国指定の史跡になりました。

「昔、飛騨(ひだ)の匠(たくみ)がこの地に来て、三十三間堂を一夜で建てると言って工事に取りかかった。夜明け前にあまのじゃくが一番鳥の鳴き声をまねして鳴いたので、匠は、もうすぐ夜明けになるのでは建物の完成は無理である。それではみんなにうそをついたことになると思い逃げ出し、礎石だけが残った」という伝説があります。

 6 石間神社(いしまじんじゃ)

巨石や割れた岩のかたまりが数多く、その石間に小さい祠(ほこら)があり山頂に社を建てました。境内には邪悪な存在の侵入を防ぐ狛犬(こもいぬ)の代わりに稲荷神の遣いと言われる狐が参道を見守っています。一の鳥居をくぐり石段に向かって左側には柵をめぐらせた窪みがあります。これは清水の湧き出た泉の跡であり、「波合いの清水」と呼ばれ人々に親しまれていました。また、神社の西北に以前あった古い杉の木は、甲冑を着けた兵士の形に見え、夜遅く通行する人が見て驚いたため「驚き杉」といわれた民話もあります。

 7 椿貝塚(つばきかいづか)

縄文土器、石器、獣骨、魚骨、おもり、石おの、石さじ、つりばり、その他たくさんのものが土の中から出土しました。道具や魚などのゴミを捨てたところなので、貝塚といいます。貝塚のあるところは、大昔海岸が近かったと考えられています。